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お茶との出会い

       お茶との出会い

 「お茶」との出会いを手繰ってみれば、学生時代。下宿の近くに “表千家助教授” の看板を掲げた家があり、通学の行き帰りにこの看板を眺めていた。
ある日、ぱったりと先生に出会った。 私は思わず挨拶代わりに 「お茶を教えていらっしゃるのですか」 と口走り、「あなたもご一緒にいかがですか」 との、ふっくらと品のいい婦人の優しい謙虚な言葉に、つい 「はい」 と応えていた。
 第一回目の稽古の日、お茶に関して無知な私にも、一つだけ思いついたことがあった。 ―着物を着ていこう― だった。 でも、親元を離れて暮らしている私にとって着物を着る、など無謀なこと。 着物の着方、帯の結び方、どれをとっても分からない。 四苦八苦の末、どうにか着物着て兵児帯を巻いて、羽織を羽織って出かけた。
 今思えば、珍無類な格好であるが、先生は、「自分で着てきたの・・・偉いね」 と笑顔で褒めてくださった。 偉いね! とは、一生懸命さを認めてくださったこと、と私は内心得意だった。
 しかし、残念なことに、これは卒業前の秋のことであり、習ったのは数回だけだった。 その後、就職、結婚、子育て、仕事とお茶の事は忘却の彼方に押しやられていた。
 2年前、尊敬する先輩が退職され、そこに素敵な仲間が集まって、「お茶」との再会が始まった。
 先生のお宅を訪ね、玄関を開けると香が漂ってくる。楚々とした一輪の椿、だんな様の手による季節の掛け軸も静かに私たちを待っている。 先生の心尽くしのお菓子が用意されている。
 部屋に入るにも作法がある。 「お先に」 と挨拶する。進むときは右足から、床の花や軸を拝見する。 釜や棗なども拝見する。毎回まるでお茶会のように心をこめて用意してくださる品々を見ているうちにいつしか 「お茶」 の雰囲気に溶け込んでいく。
 始めは「割稽古」をした。 棗や茶杓を袱紗で拭いたり茶筅や茶碗の扱い方などであるが、なかなか思うようにならない。 先生は“失礼にならないように” “この間に茶碗が温まって・・・” “お互いにゆっったりした気分に・・・” など根気よく、繰り返し教えてくださる。
 先生の教え方は技術より心だ。 でも “心さえあれば形や外見が少々乱れても” ではない。 形が整って初めてその根底にある真心とか思いやりとかが見えてくるという。 私も次第に分かるようになった。 と言っても、何しろ一週間に一度のこと、今日体得したと思ったことも次の週には跡形もなくなって・・・・ 
 「ちょっとお茶を飲むことがせきたら・・・」 と気まぐれのように始めたが、教えられることのなんと多いことだろう。 利休翁の 『わび』『さび』 まではあまりにも遠いけれど、釜の鳴る茶室でよき友と出会い、一服のお茶にも、相手への思いやりをこめる。
 それに、今まで未知のものであった草花にも、誘い込まれるように図鑑を開けて楽しみ、旅の折にもその地の草花、自然、焼き物、美術館などにも魅かれて楽しみが深くなっていく。
 平成2年の初釜、着物を着た。 10人の仲間と味わったお茶のおいしかったこと。 私のお手前の写真もそろそろ仕上がる。姿勢よくて、以前より少し豊かになった心まで写っていればいいなー

.  ..。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

これは平成2年小雑誌に投稿した原稿のようだ。
先日、お茶の先生の家を訪れた時、先生のノートの間から落ちたものを何気なく見ると、私の名前がある。
本人は投稿したことも、ましてや何を書いたかもすっかり忘れてしまっているものをコピーまでして保管してくださっていた。
平成元年から始めたから、習って間もない頃に書いたもの。
ゆっくり読んでみると、「こんなにこわくさい(力もないのにいっぱしの事を言う)事を書いていたんだね」
綾小路きみまろ じゃないけれど、「あれから20年・・・」
あの頃に感じていた新鮮な気持ち、これをもち続けていれば、本当の意味でいっぱしの人間になっていたかもしれない。
かも知れないは無いものねだり。 
遠い昔に思いを馳せるだけにしておこう。 

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コメント

姫さん
お茶との出逢い、その後の歴史の
一端をありがとうさん。そのうち、
現師匠の話題も、紹介下さい。

投稿: imaichi | 2013年1月31日 (木) 05時28分

姫さま
わたしのお茶との出会いは中学生のとき
近所の尼寺へ母が連れて行きました。母と一緒に習っていましたっけ。

投稿: 森のくまさん | 2013年1月31日 (木) 08時50分

私もお茶との出会いを思い出しました。
くまさんと同じで、母に勧められ近所の仲良しと通いました。
小学校高学年か中学生の頃。やはり表でしたね。
あなたは自分の意志で、そこが偉い。しかも着物を着て行く
心意気、若いころから独立心旺盛です!!

投稿: 清姫 | 2013年1月31日 (木) 10時52分

姫様
写真のない姫様のブログは初めて!
でも、読んでいる内に「ガーン」ときましたね!
「ナンじジャ!今の態度は?」です。
お陰様で初心を忘れてはいけないと思いました。どれだけ初心に戻れるか知れませんが、兎に角「初心忘れるべからず」を思い出しました。
あっ君に笑われないように気をつけなくては・・と反省しています。

投稿: なは | 2013年1月31日 (木) 11時03分

姫さん
今日は良いお天気ですねsun
私も学生の頃、お茶とお花を習ってたのですが・・・その頃は正直、親に習えと言われて渋々行ってました。でもこの年になると、あの頃が懐かしく習っててよかったな~と思います。姫さんは、ご縁があってまたお茶再開できたのですねshine楽しい仲間でお稽古。うらやましいです。

投稿: よっしー | 2013年1月31日 (木) 11時15分

姫さん
よく記事にしましたね。初心忘れずを思い出しました。 
昨年仲良くしていた友達が亡くなりました。送る言葉の中に{あなたのおかげで 今もお茶をつずけています。}とお礼をいいました。本当は若き日の恋人の家でした。

投稿: 茶々姫 | 2013年1月31日 (木) 11時31分

imaichiさん
師匠も私も年月が立ちますと・・・
この中の「楽しみ・・」という点では勝ると思います。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 16時54分

森のくまさん
子供のときからやっておられたのですね。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 16時59分

清姫さん
子供の時習ったのは、習字。
今もそうですが、「やりたい、やりたい」と思って始めたものはなく、何となくというのが、とっかかりです。
だから、よすけで楽しくないと続きません。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 17時04分

なはさん
ここが私となはさんと違うところ。
形は整っていないが、お茶の心は20年を経て、ずいぶん会得したと・・・
反省、0
だから、進まないのでしょう。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 17時10分

よっしーちゃん
子供の時に習うということは、大人になって本格的に習おうと思うきっかけだと思っています。
馬、あなたがお茶を習っていたのが懐かしく思い、「時間が出来たらやってみよう」と思わせるのが親の役目。
「なすびの花と親の小言、万に一つの無駄もない」です。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 17時15分

茶々姫さん
昨日の しょわしな会社の話、読んでいただけましたか。
これも思い出につながりましたか。
不肖の弟子ですみませんね。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 17時17分

姫さん
高校生の時、学校帰り先生のところへ行き習っていました。友達が習っていたので自分も習いたくて。
ブランクがありましたが嫁ぐまで習っていました。
今ではすっかり忘れてしまって…。

投稿: 風子 | 2013年1月31日 (木) 19時50分

姫さん
 若いときは誰でもこわくさいこと書くもんです。しかし平成2年と言えば、油の乗り切った年代で若いとは言えませんが・・
 学生時代のお茶の先生との出会いが白黒映画を見ているようで、短編小説になります!

投稿: どんちゃん | 2013年1月31日 (木) 19時53分

姫さん
お点前を早く覚えられたのは あなたです。器用な手つきですごいなと 感心してみていました。それを引き継いでいるのが 篤くんです。土曜日のけいこができるようになったら お菓子のおばちゃんの家えきてください。

投稿: 茶々姫 | 2013年1月31日 (木) 20時55分

姫様
心にしみる、とても立派な手記ですね。
お茶を習うという心構え、私も考え直さなくてはと、思いました。
お免状を頂くつもりがないからと、いい加減に習っていることを。
結婚前に2年ほど習いその後はブランク、
退職後、再び習い始めて8年ほどたちますが、
楽しんでいるばかりで、不真面目な弟子です。

投稿: ヒマ子 | 2013年1月31日 (木) 21時25分

姫さん
 姫さんの少し豊かになった心は写真ではなく、お仲間の心に投影されてますよ!
 本当の意味でのいっぱしの人間になっておられたら、お付き合いし難くくなりまっせ!
今の姫さんなればこそ、お仲間がどこからともなく集まって来れるのですよ!
 But短い自叙伝に、現在の姫さんのpolicy
の来し方が書かれており、姫さんの姿がはっきり見えるようになってきました。
 ところで「わび」や「さび」の境地が雲をつかむようで、よく分かりません。自分としたら「わびしくなく、さびしくなく」生きようと思ってます!

投稿: どんちゃん | 2013年1月31日 (木) 21時55分

風子さん
お茶を点てて欲しい、といわれることはめったにありません。
飲めるだけで、いいのでは・・・

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 23時23分

どんちゃん
20年も若けりゃ、きときとです。
元気はつらつですし・・・
もし、映画なら、今の生活物語があり、途中、セピア色で回想シーンがでるのでしょうね。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 23時26分

茶々姫さん
そんなこといわれて、木に登りそう!
篤志は待ち構えていますよ。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 23時28分

ヒマ子さん
同じです。
「習いがけは、こんなことを思っていたんだ・・」と改めてみた思い。
今では、すっかり色あせて、セピア色もだいぶくすんでいます。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 23時32分

どんちゃん
心豊かになった写真、すでにどこへ消えたやら・・・
そうか、抜けている方が付き合いやすい。立派過ぎると、敬遠しますね。
>自分としたら「わびしくなく、さびしくなく」生きようと思ってます!<
これも、上手い。
汚い茶碗より、綺麗な茶碗の方が好き。

投稿: 姫 | 2013年1月31日 (木) 23時38分

姫様
記事も面白いのにコメントも面白い!ずっと笑っています。
せめて心から「お先に」ぐらい言いたいです。やはりあっ君に「あのおばあちゃん、へんだね」と言われないように・・です。

投稿: なは | 2013年2月 1日 (金) 15時23分

なはさん
それでは、篤志にしっかり教えていただかなと・・・

投稿: 姫 | 2013年2月 1日 (金) 23時14分

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